キリストを受け入れるまで 前編

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オレは、18になる3、4ヶ月前の17歳のときに初めて教会に行き、ジーザス(イエス・キリスト)を信じるお祈りをした。

そして、18になる直前に聖餐式のパンとブドウジュースが飲みたいがために洗礼を受けたw

それからしばらくして、車から美しく輝く夕日を見ている時に、本当に神さまがいると思ったw


これがオレの信仰の始まり。ジーザスとの関係の始まり。


しかし、ここにいたる道のりも、信じた後の道のりも全然順風満帆な人生じゃなかった


自分のもっとも古い記憶は、まず母親と引き裂かれて、どこかに連れて行かれるところから始まる。

両親が4つの時に離婚して、そのため父親の母、つまり自分のおばあちゃんの家に連れて行かれたのだが、自分はわけもわからずに大声で泣いた。

あとで、おばあちゃんが、オレたち兄弟(弟がいる)は捨てられたんだ、と説明した。

次に母親にあったのは8年後、その時には母親の顔は覚えていなかった。彼女は家にきておばあちゃんの前で泣いていたが、自分は母だと気がつかなかった。そしてその後に母にあったのは、12年後だ。

おばあちゃんは、女で一つで商売を起こした人で、ゴジラのような顔で、しかも誰に対してもゴジラのように厳しかった

日常的に怒っているおばあちゃんに常に恐怖した。彼女が笑ったことがあったのを見たことがあるのは、せいぜい手の指で数えられる程度だった。
おばあちゃんは、父親と母親をこきおろした。オレは両親を憎むようになった。

おばあちゃんは常に仕事にでており、家族での食事というものはしたことがなかった。

小さいころは、おばあちゃんを母上、おばあちゃんの愛人を父上と呼ばされていた。

この父上からの愛情をいつも欲していたが、この父上にはいつも殴られた。

小学3年の時にこの父上と母上がケンカをして、父上がでていくことになった。

オレは、「帰ってくるよね?」と念を押すと、半年後には帰ってくる、と言った。

父上は、二度と帰ってくることはなかった。

家庭でも平安がなかったが、学校はさらに悪かった。4年生ぐらいからヒドイいじめにあうようになっていた。

きっかけは、自分が両親が離婚していることを、友達に理解してもらおうと話したのだが、その友達が他の友達にいいふらしていじめが始まった。

多分、教会にいくまで、自分はほとんど常に1人でいた。友達もいたが、ほんの数人、それもたまに遊んでもらえるぐらいだったと思う。

小学校5年生の時は、人生で一番恥ずかしく、また裏切りにあう

だれかが自分を押し倒して、左腕に腕十字を極めた。それに呼応して別のクラスメートが首4の字をかけ、次に足四の字を極めた。自分は、そばにいた親友に助けを求めると、その親友は周りのプレッシャーに負けて、オレの残っていた右腕に腕十字をかけた。オレは仰向けにまるで十字架にかけられているようになった。

その裏切りに呆然としていると、だれかがオレのズボンをおろして下半身を裸にされる、女子全員見ている面前のことだった。今考えてみるとこれがジーザスとの出会いだったのかもしれない。

中学でもいじめはエスカレートし、トイレでボコボコにされたこともあった。

肉体的な苦痛で泣いたことは一度もなかったが、理由もないヒドイ言葉に傷つけられて泣いたことは何度もあった。

何度かおばあちゃんには家を追い出され、そのたびに父親を頼ったが、父親は数日家に泊めるだけで、育ててはくれなかった。帰ってくると、おばあちゃんに「なんで帰ってきたんだ?!」と言われ屈辱的な気分になり、また父親をうらんだ。


高校3年生のあるとき、おばあちゃんの一言から本当の父親と大喧嘩することになった

完全にキレていた自分は、父親の住んでいるアパートまで乗り込んだ。玄関のドアを叩いてもでてこないと分かると、今度は4階にある父親の部屋のベランダに登るために、ベランダ側の階段もない壁を4階までよじ登った。

父親が部屋にいないとわかると、行きつけのフィリピンバーに違いないと確信して、そこに乗り込もうとした。

父親のアパートからフィリピンバーに辿りつくまでに、田舎の暗い夜道を1人歩いた。

どうしようもない怒りが人生の絶望に変っていく中で、自分の人生を呪い、神という存在に大声で叫んだ

「どうしてオレばっかりこんな人生を送らなきゃならないんだ!!!どうしてなんだ!?」

たしかにその当時は誰だかもわからない、神に向かって、夜空に向かって叫んだ。

それが本当の神さまの耳に届いた。1カ月後には教会に導かれた。

友達に誘われたのだが、その友達がオレがグチを吐いているときに、オレに伝道した。初めての伝道だったらしいw しかもその時初めてそいつが牧師の息子と分かったw


教会に行き始め、今でも牧師がよく言うのだが、オレは笑わなかったらしいw 「Mr.ネクラ」というあだ名が似合うような、希望を失った高校生だったらしい。

とにかく、自分を無条件で受け入れてくれる場所ができたオレは教会に入り浸るようになった。

キリストは受け入れたが、被害者意識が強かったオレは、自分が救われなければならない罪びと、そこから救われた恵ということを本当に感じられるようになるまで、この後14年ほどかかることになる。

投稿者 sho : 17:28 | コメント (2) | トラックバック (2)


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コメント
しょうさん

読ませて頂きました。

キリスト者の道を歩まされたのですね。

僕も高校時代笑わない人間でした。

夢も希望もありませんでした。

でもある日突然イエスを受け入れて変わりました。

今では人を笑わしまくってます。

しょうさんを救ってくれたイエス様に感謝です。

続きを楽しみにしています。

投稿者 keystone : 2006年08月24日 18:26

>keystoneさん

僕の場合、トラウマになるほどの肉体的な苦痛を受けたことはありませんが、精神的なトラウマはそれこそ動かない山のように心にそびえてました。

後編に書きますが、自分が本当の意味で癒しを体験したのは1年半前かもしれません。しかし、その時から本当に自分の中でなにかが永久に変ったことが実感できるんです!ハレルヤ!

本当に神さまは忍耐して愛しつくして、赦しつくして、僕が悟って、本当の信仰を得るまで長い時間をかけて癒してくれたと思ってます。

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このページは、shoが2006年1月 1日 23:56に書いたブログ記事です。

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